平成14年度乳幼児保健講習会報告

 

日時 平成14年2月16日(日)

場所 日本医師会館 大講堂

 

松山市医師会園医会副会長  中野省三

はじめに

 平成6年度から日本医師会主催により毎年開催されるようになった本講習会も本年度で9回を数え、全国からの参加者は600名に上り日本医師会館大講堂の1階と2階を使って開催された。本県からは山内易雅県医師会副会長を始め、玉井昭一郎、三崎 功、徳永常登、丹 美昌、清家清一、山下万浩、中野省三、芳仲八郎の各氏、9名が参加した。

 プログラム(表1)に見るように、「育児と仕事を両立できる社会環境作りを目指して」をメインテーマとして各界からの講演とシンポジウムが企画された。日本医師会長坪井栄孝氏(代)は医師会としても乳幼児保健、少子化対策と育児支援に積極的に取り組み予算要求等も行っており、その一環として今回のテーマを選定したこと、更に地方医師会でも取り組む必要性を強く訴えられた。

 来賓挨拶では文部科学大臣遠山敦子氏(代)が児童虐待や校内暴力、不登校といった子供を巡る環境が悪化している折り、育児や教育への不安を抱く家庭が増大しており、幼稚園新教育要領においてもそれらに配慮して「生きる力の基礎」を作り、家庭教育も支援するための各種施策を推進している。医師会においても地域保健活動の一環としての乳幼児保健活動の発展を期待する旨の挨拶がなされた。

 厚生労働大臣坂口力氏(代)は少子化の流れを変えるためのもう一段の取り組みとして「少子化対策プラスワン」をまとめ、従来の子育てと仕事の両立支援の取り組みに加えて、男性を含めた働き方の見直し、地域における子育て支援、社会保障による支援、子供の社会性の向上に向けた取り組みなどを強めようとしている。そうした折り、日本医師会における今回のテーマは時宜を得たものと、その取り組みに対する謝意と期待を述べられた。

 

講演(1)「少子化を乗り越えたデンマーク」

 デンマークにおける合計特殊出生率が1967年の2.60から1983年の1.33に低下した後、1995年以降は1.7台を維持しており先進諸国の中で異例であるため、2年間にわたって現地調査を行った。

 家族政策としては、労働時間の短縮、児童手当・家族手当、長期休暇制度、出産後母親休暇や父親出産休暇、育児休業法などが制定されてきたが、出生率回復の決め手は「子育てしながら安心して共働きができる体制の整備、すなわち社会構造全体が出産・子育てに有効に機能してきたため」であったと推察された。ちなみに30歳の92%が共働きできるようになっている。

 家族政策の推移を見ると

1984年に制定された父親の2週間の出産休暇は7割以上の取得率である。

1990年からは週労働時間が37時間であり、夕方4時には終業となり、残業がある場合には断って翌朝7時に出社するのが一般的になっている。

1998年には14歳以下の子のケア休暇が制定されるなど、給与面よりも自由時間の拡充の傾向にある。

 出産休業・育児休業の内容については、産前4週は日本も同様であるが、産後は母親が14週で、父親も原則として2週間取るようになっている。その後10週間の親休暇があり、その間は父親でも母親でも休暇が取れるようになり、78%の父親が実際に休みを取っている。

 子供の自立面では18歳で親元を離れて経済的にも自立できるシステムになっている。高校進学率は30%で、高校を卒業しても直接大学等には進学せず、23年の就労で得られたポイント制により進学可能となる。2325歳で第一子を出産することが多く、出産後に婚姻の届をする場合も多い。育児支援体制も充実しており、9年間の持ち上がり学級は17人の生徒を教師二人が受け持ち、生活指導員も配置され、性教育などは6歳からなされている。

 労働条件に関しては9歳までの子供がいる場合には午後4時には両親のどちらかが子供を引き取り、5時前には自宅に帰っているという生活である。保育士等の家庭生活を保証するため延長保育はゼロである。夫婦で1日おきに家事を交代するが、両親ともくたびれ果てた様子は見られない。

 男女役割の平等化については、園児の送迎、食事作りなどを両親が1日おきに交代したりして、保育所の行事等にも両親が参加する。生後6か月は親が家庭で育児をするが6か月を過ぎると乳児保育に預けたり、最近では「保育ママ」が流行して自宅を提供して乳幼児を預かる所もある。

 実質的な教育制度に関しては、小中高大学ともに無料であり塾や進学校もない。ゆるやかな義務教育によるのんびりした教育がなされているが、レベルはどうかというと、国の面積が九州くらいで人口が530万人で日本の22分の1にもかかわらず、ノーベル賞受賞者は12人を数える。

 こういったシステムができる背景は何かというと、その根源は話し合いの精神、民主主義が生きていると言うことではないか。女性議員は37%を占め、小中学校の運営委員には生徒も出席して意見を述べている。今後の社会を考えてみるに、給与面よりも自由な時間を1分でも長く取って家族で時間を共有できるようにするべきであろう。 

講演(2)乳幼児期におけるこころの健全な発達のために 

 乳幼児期に医療・保健が求められている支援は、時代と共に変遷してきている。すなわち、以前のスクリーニングに主眼を置いていた時代から相談を受けやすくする体制が求められるようになった。親子関係への支援が最も求められているが、疾病や障害を持つ親子だけでなく、育児に不安を抱く親子への育児支援も大切である。

 親子関係はその後の人間関係の基礎であるだけでなく、「自己」という感覚の基礎になる点で非常に重要である。親子の関係性の発達の研究は緒に就いたばかりであるが、最も注目されているのは愛着行動である。

 愛着行動(attachment)とは、これに基づいて子供が「安心だ」と思えるような愛着感、基本的信頼感を作っていける行動であり、基本的な人間関係のもとになる。乳児期に愛着行動が少ないと、無表情なボーッとした赤ちゃんになり、12歳になると一つの遊びに集中できなくなったり、人間関係も作れなかったりする。

 多数の虐待児に接してみると、小さな痛み(心の痛みも)には敏感だが大きな痛みには鈍感であったりして、刺激に対する処理過程がうまく発達しておらず、人格障害の危険性がある。そうした意味で、親子関係の問題を早期発見して早期対応することが重要になってくる。

 愛着とは遺伝的に組み込まれているが、生後引き出されるものと考えられている。赤ちゃんを見て可愛く思い、抱いたり揺すったりする行動のことであるが、愛着の経験が少なく波長を合わせにくい人は、愛着行動が苦手である。子供にとっても同調(波長を合わせてもらっている感覚)が大切で、それに欠けると愛着障害として感情のコントロールが出来なかったり、調節障害としての食事や睡眠の不規則さが生じる恐れがある。

 同調されているという感覚は、妊娠中にも大切で、その後の親子関係にも関係する。過去に良い同調を有する人の方が良い同調を維持しやすく、逆に性虐待などにより人間的な信頼感を壊されたトラウマを持つ人は同調が難しい。

 具体的な親の問題としてはどのようなものがあるか。

親の無関心、うつ状態、トラウマのある親、愛着障害の親、家族の問題(夫婦関係)、他の懸案(リストラなど)など多岐にわたる。

 子供の側の問題としては、difficult babyと称される育てにくい子、睡眠覚醒リズムが不規則な子、泣きやまない子、食事にムラの有る子など、更には発達障害、トラウマを持った子などがある。

 それでは、親子関係に問題のある親子にどう対処するか。親を何とかすれば良くなる、子供を何とかすれば良くなるというのでは悪循環になる恐れがある。いかに子供とリズムを合わせるか、リズムを合わせる能力がどのくらい有るかの見極めが重要である。身体の成長障害や身体的リズムにも注意して、医療者として親の気持ちを受け止めながら、親子の心身の訴えを的確に把握して対応をすべきであろう。

講演(3)「出産前小児保健指導(プレネイタル・ビジット)モデル事業報告」 

 平成4年に厚生省が開始した出産前小児保健指導事業が十分な成果を上げ得なかったため事業の見直しを行った後、平成13年度に単年度の事業として日本医師会と厚生労働省が公募したモデル事業に対し、全国の46地域医師会から申し込みがなされた。

 モデル事業に参加した医療機関から得られたアンケートによると、事業を実施した産科医は988人(392医療機関)、小児科医582人(586医療機関)であった。ポスターによる公報は29医師会が行い、パンフレットやチラシを作成した医師会も見られた。紹介時期は妊娠32週から35週が最多であった。産婦人科と小児科の連携については、産婦人科診療所からの小児科診療所紹介が最も多く、病院産婦人科から小児科診療所への紹介は810%であった。

 指導内容は、出産の心構え、予防接種、栄養、病気についてなど、非常に多岐にわたっていた。母親からのアンケートによると、8590%において、モデル事業が役に立ったとの回答が得られた。保健指導を受けた母親のほとんどが産婦人科からの情報により初めてこの事業を知ったということであり、その点からも産婦人科医の取り組みが最も重要である。

 事業に取り組んだ産婦人科や小児科へのアンケートでは育児不安の解消に役立つとの意見が最多で、児童虐待の予防に役立つとの回答も多く、自由記載の内容としては事業の継続を希望する意見が最も多く、啓蒙に力を入れるべきとか、産婦人科と小児科の連携を強化すべきなど貴重な意見が寄せられた。

 

シンポジウム

テーマ「育児と仕事を両立できる社会環境作りを目指して」

1)「新しい子育てを求めて」

 厚生労働省が今年度を子育て支援元年として問題に取り組もうとしているが、今なぜ子育て支援なのか。子育て混乱現象が強まっているからであろう。すなわち少子化や、いじめ、非行、引きこもりなどの「子供の育ちの異変」、母親の育児不安・ストレスによる虐待、父親は育児に関われないのに育児参加の必要性のみ強調されるための悩みなどが問題視されている。

 少子化については非婚化、晩婚化に加えて既婚者も子供を産まない傾向になっている。その背景として、子育てコストの増大、仕事と子育ての両立が困難と言うことに加えて子育ての危機、母親の危機について考える必要がある。育児に悩む母親の声は、今日の社会の歪みを訴えるSOSである。

 子育て支援の基本的視点としては、子育てが単に女子供の問題ではなく、男性や地域を含んでのものであり、親を育てる支援、家庭への支援が必要であり、目下の対症療法と基本的対策と区分けして対応する必要がある。

 今子育てに苦しんでいる親の声はどんなものか。専業主婦は「一人の時間がない」「話し相手がいない」「社会から取り残される焦り」「育児を独りで担う心身の負担」「夫の無理解」などを訴えている。それらの結果「パーフェクトママ」を目指す母親と、失望して虐待もしくはグレーゾーンに落ち込んでいく母親が生じる。虐待の6割は実母によるというデータもある。対策は「ホッとする一時の保証」「孤独からの解放、一時保育など」「悩み事の相談」「就労支援」「社会参画支援」などである。

 働く母親の苦悩は「両立の大変さ」「子供が可哀相という声」「夫の無理解や非協力」などである。対策として両立支援、職場支援を急ぐべきである。なぜ男性は育児に関われないのか。男性の育児休業取得率は目標10%に対して0.4%、家事・育児に費やす1日平均時間は15分以下である。職場環境の厳しさが最大の要因であろうが、育児は女性が関わるのが最適だという固定観念も無視できない。幼少の時から子供に接していない父親が、思春期以降に問題が生じて初めて対応を求められても難しいことを認識すべきである。

 結局、現代の育児困難の背景には、親の生きにくさがある。父親、母親ともそれを克服して、新しい育児の理念を作る必要がある。すなわち、母親だけでなく「皆で育てる子育て」へということである。カナダ、ニュージーランド、ヨーロッパなど世界を見渡せば、いろんな参考にすべきシステムがあるが、日本では無理だろうという意見もある。それらのシステムは1020年がかりで作られたものもあり、政策誘導によるものも多い。最近では日本の母親達が動き始め、NPOも大きな働きをしつつある。それらのエネルギーと行政が連携をして、それらを融合して新しい子育て環境を作っていかなければならない。

シンポジウム(2)病後児保育の実践と課題

 福島県郡山市における5年間にわたる小児科有床診療所に併設された病後児保育室の経験を講演された。利用者からは施設に小児科医がいることの安心感の声をよく耳にする。小児科医院として、施設内感染には特に注意を払っているとのことである。病後児保育施設の課題として、施設による入室基準と対応が全国的に一定でないこと、入室希望者は早朝から夜間までの入室を希望するが施設との兼ね合いもあることなどを挙げられた。

 今後の病後児保育施設については、小児科診療所の厳しい経営状況もとでの病後児保育室の健全な運営のためには助成の増額が是非とも必要とのことであった。

シンポジウム(3)小児科医による子育て支援

 小児科医は親権者である親(母親)の子育てを支援するという役割を持っており、その活動の場は診療所、病院に始まり、プレネイタル・ビジット、健診、保健所、園医、学校医など実にさまざまである。子育て支援を必要とする背景は、親子の問題とりわけ母親の問題、学校、社会の問題など、ますます増大しつつあり、小児科医として日常診療の場にあっても子育て支援の視点を忘れるべきではない。

 子育て支援の実際としては「親の訴えに耳を傾け、その育児を理解することに始まる」ことを強調された。また「分かりやすい言葉で」「親の子育てを勇気づける」「どうしたら良いか一緒に考え、あるいは解決策を示す」「楽しい子育てを目指しての支援」などといったコツを解説された。

 

シンポジウム(4)少子化対策プラスワン

<少子化対策の一層の充実に関する提案>

 平成元年の合計特殊出生率1.57といった動きを受けて平成6年のエンゼルプラン、平成11年には少子化対策基本方針に基づいて平成16年までの「新エンゼルプラン」を策定したが、平成141月の将来推計人口によると従来少子化の主たる要因であった晩婚化に加えて「夫婦の出生力そのものの低下」が見られ、少子化が今後一層進行することが予測されるため、もう一段の少子化対策を講じる必要があるということで、平成149月に「少子化対策プラスワン」が打ち出された。

 「プラスワン」の視点としては、これまでの取り組みが子育てと仕事の両立支援の考えから特に保育に関する施策が中心であったが、子育てをする家庭・家族といった視点から均衡のとれた施策を打ち出す必要があるということで、これまでの施策に加えて(1)男性を含めた働き方の見直し(2)地域における子育て支援(3)社会保障における次世代支援(4)子どもの社会性の向上や自立の促進といった4本の柱に沿って取り組みを進めることとした。

 母子保健に係る分野としては「子どもの健康と安心・安全の確保」として、特に食を通した家族形成や人間性の育成(食育)や異性を尊重し良好な人間関係を築くための「性」の理解(性育)、「良い子育て」につながる出産の喜び(いいお産)等をアピールしていきたいとのことであった。

おわりに

 今回の講習会は、いずれの講演も非常に内容が濃く、限られた誌面で全容をまとめるには無理がある。各演者が共通して訴えようとされたことは、日本の親子を巡る環境を早急に建て直さなければならないと言うことである。

 この親子の問題は独り「乳幼児保健」として小児科だけで取り組める問題ではなくなっており、労働時間や勤務体制、社会保障、家庭・家族のあり方まで含めた国民的課題である。

 幸い、愛媛県にあっては健診や園医会を始めとする母子保健活動の歴史が長く、プレネイタル・ビジットモデル事業にも全国46医師会のうち松山と今治の2医師会が取り組み、松山市では市の単独事業として継続されることになるなど、先駆的な取り組みを続けている。しかし、全般的な育児支援策はというと成果が上がるにはほど遠い現状であり、医師会諸兄姉のご理解とご協力を心からお願いしたい。