平成15年度乳幼児保健講習会報告

 

日時 平成15年2月15日(日)

場所 日本医師会館 大講堂

 

松山市医師会園医会副会長  中野省三

はじめに

 平成6年度から日本医師会主催により毎年開催されてきた本講習会も本年度で10回目を数え、全国から500名余りの参加を得て、日本医師会館大講堂において開催された。本県からは徳永常登、丹 美昌、岡澤朋子、中野省三の各氏が参加した。

 プログラム(表1)に見るように、「楽しく子育てが出来る活力とやさしさに満ちた地域社会づくりをめざして」をメインテーマとして各界からの講演とシンポジウムが企画された。日本医師会長坪井栄孝氏(代)からは、国は少子化対策基本法や次世代育成支援対策推進法を制定するなどして家庭や地域の子育て力の低下を社会全体で補う環境の整備を掲げている。従来の「仕事と子育ての両立支援」に加え、男性を含めた働き方の見直し、地域における子育て支援など本格的な子育て支援施策の充実・強化の推進がなされようとしている。しかし、昨今の児童虐待の例に見られるように、地域における子育て支援はほとんど機能していない状況にある。小児科医には子供の代弁者としての役割を地域社会の中で果たして行くことも必要ではないか。現在の我が国が抱える少子化・子育て支援の問題について、子供たちが心身共に健やかに成長出来るよう地域社会や教育現場における取り組みなどを検討して、地域医療の場で活用されるよう期待する旨の挨拶がなされた。

 来賓挨拶では文部科学大臣河村建夫氏(代)は近年、児童虐待、校内暴力、不登校といった問題が深刻化している。背景として都市化、核家族化、少子化、地域における支援的なつながりの希薄化等により、子育ての不安感や教育の仕方が分からないといった育児に関する悩みが拡がっていることが指摘されている。学校保健の問題は、母子保健、乳幼児保健、地域保健と密接に関連しており、相互の連携が強く求められている。そういった観点から医師会における乳幼児保健への取り組みに強く期待している旨の挨拶がなされた。

 厚生労働大臣坂口力氏(代)は、ますます進行する少子化の下で、国、地方自治体、企業に対する行動計画を求める次世代育成支援対策推進法や地域における子育て支援を強化するための改正児童福祉法が成立されるなど、母子保健対策を次世代支援の重要な柱として取り組みを強めている。そうした折り、日本医師会における今回のテーマは時宜を得たものと、その取り組みに対する謝意と期待を述べられた。

 

講演(1)「少子化社会の教育」

  京都大学教授 西村和雄氏

 高齢者福祉と子育ては社会にとって非常に重要であり、問題が生じる場合は個々人の問題と言うよりも、制度面についても考える必要がある。例えば治安が悪い例を考えてみても、突然犯罪者が増加するわけではなく、景気が悪いとか警察力が低下しているといった側面がある。対策として警察力を強化したり景気をよくするといったことが考えられる。どうしてこのような犯罪者が生まれたのかと言った議論には、余り意味がない。

 教育問題においても「子供がいけない」とか「教師がいけない」といった議論をすることが多いが、それでは何も解決されない。制度を見ることが大切である。子供の心の面を見ると、1980年代に各地でニュースになっていた家庭内暴力、校内暴力、いじめといった問題は1970年頃からの内申書重視という制度的な変化が大きく影響しているのではないかと考えられる。80年代に校内暴力が全国的に多発した際に、警視庁校内暴力対策会議ができて体育系の大学生が教員として多数採用され、警察と連絡しながら校内暴力対策に取り組むことになり、その後、校内暴力は見えなくなった。その後は現在に至るまで、ほとんど全ての生徒が非行少年であると指摘する警察関係者も存在する。

 どうしてこんなことになったのか。90年代に生徒会活動等を内申書の評価に入れて一部の県の高校入試に使っていたものを1994年に文部省が意欲関心態度といったものを内申書評価に加えるよう指導したが、その前後に全国的に生徒間の暴力事件が2倍になったというデータもある。子供たちをめぐる制度の改革が非行と関係ありそうだと疑われる所以でもある。1998年に女性教師が中学1年生に学校内で刺殺された事件の背景の一つは推薦入試制度と内申書であるとの指摘があり、14%の子供たちが学年男女を問わず「教師を刺殺した生徒の気持ちが良く分かる」と答えたとのアンケート結果もある。

 2002年から導入されている新指導要領では「ゆとり教育」による教育内容の削減と共に、教師の主観による学力評価の傾向が一層強まっている。試験で60点でありながら5段階評価の5と評価されたり、逆の場合も起こり得る。結果として「教師の顔色ばかり窺う」傾向が生じてしまう。さらに内容を減らし科目を削減するといった改革の結果、学生の学力低下は目を覆うばかりである。旧帝大の工学部でもマイナスの入った四則演算の正解率が67%であったり、小中学生レベルの計算が出来なかったりする。大学入試で理科の科目が1科目あるいはゼロといった理工系が6割くらいあるが、大学が入試科目を減らしたのは文部省の指導である。結果として物理や生物が出来なかったり、数・を学習していない理系の学生もいる。

 日本の大学を卒業後に企業に就職する技術者のレベルは今や東南アジア出身の技術者の後塵を拝しており、日本企業が外国出身の技術者を多数採用しているのは厳然とした事実である。一部の優秀な人材は大学に残ったり研究所などに進むため、「日本の大学生は使い物にならない」となげく企業家も多く、日本のトップ企業で技術陣の4分の1を中国から採用しているとの話しも聞く。

 40人学級で逸脱した言動を取ると「学級崩壊」と見做されて批判を受けるためか、その延長として日本の大学生もおとなしいといった見方も出来る。子供たちの画一的な教育制度には問題が多く、小学校段階での2極分化すなわち成績が下の物が切り捨てられることが一番問題と考える。小学校から大学院に至まで、この20年間に破綻した教育制度を建て直すことが日本にとって急務である。

 

講演(2)次世代の健康問題と予防医学の将来展望

 東洋英和女学院大学 高野 陽氏

 小児保健の基本的な方向性は「小児の成長段階に応じた健康の保持増進」であり、それぞれの発達段階に応じた予防医学の機能と健全育成の機能の側面がある。もう一つの側面は時間的な連続性であるが、時間的連続性には二つの要素がある。一つは出生前から出生時、乳幼児、学齢期を経て成人に至る成熟と言った時間的な連続性に基づく健康面、もう一つは次世代育成すなわち次世代を生み育てる保健活動といった要素である。

 小児保健の役割は小児の各段階における子育て支援であるが、それが注目を浴びている背景として、育児不安の増加、虐待を始めとする子育て上の問題が急速に増価し複雑化していることがある。小児保健を効果的に実践していくためには市民的なレベルと公衆衛生と言うレベルがあり、医学だけではなくて心理学や栄養学その他の関連分野の協力によって一層機能が発揮されるが、今日それらの協力体制の確立が強く要求されている。

 小児保健を効果的に実践していくためには、時間的連続性を背景とした生涯保健という位置づけが必要である。現在扱っているものが乳幼児であっても、いずれ学童、成人へと成長して日本を背負っていくのだと言う観点である。2番目としては地域の中での家庭機能の自立を支えていく、そして子供の健康や生活は当然家庭や家族の生活や健康と密接に関連があるわけであり、子供だけに焦点を当てるのではなく子供の生活や健康に影響を及ぼす家族・家庭にも視点を置きながら保健健動を位置づけていくことが重要な要素になってくる。更に個と集団との相互作用と言うことも念頭に置きながら、個と集団を大切にする保健活動が必要である。保健活動においても平等の問題を考える必要があり、これは提供される保健活動が均一と言うことではなく、一人ひとりの状態に応じた個別性を強調された保健サービスが提供される、それが全ての子供に提供されることが平等といった意味である。

 乳幼児保健を充実させていくためには、・ヘルスプロモーションの概念を導入し、・住民が自主的に参加できる活動の確立、・関連分野の連携の確立とコーディネート機能を発揮する必要、・評価機能の確立すなわちモニタリング機能により効果を的確に判断して次の方向性を示していくような体制作りが必要である。

 実際に地域や医療機関で保健サービスを決定する場合の条件としては・育てている子供自身の条件つまり年齢・健康状態や生活の場等に付随した条件、・子供を育てている家族・家庭の条件すなわち家族構成や家族の健康状態、家庭の職業や就労状況、育児に対する支援の状況など、・子供と家族が生活している場所・地域・地理的要因すなわち行政的な条件による保健所・保育所を始めとする公的支援の状況、・時代の条件としての少子高齢化、インターネットの時代、利便性の時代そういう中で我々はどうやって支援していくかを的確に把握する必要があるが、誰がその役割を担うか、それは小児保健に携わる我々が中心にならざるを得ない。

 次世代の健康問題については、少産少死のもとで、次世代をどのように育成していくかが一番問題になる。1960年を境に自宅分娩が減少し、今では99.9%が施設内での分娩となっており、それが新生児死亡率低下に貢献していると思われる。一方では平均出生体重が最近20年間で約200グラム低下しており、乳児突然死症候群、事故死、先天異常や出生時の健康障害、生活習慣の悪化に伴う疾病予備軍、疾病構造の変化(心の健康の問題の多発)などが問題になる。養育・生活に関連しての虐待、育児不安更には逸脱行動(喫煙、飲酒、薬物乱用等)の若年化などにも取り組む必要があろう。

 こうして見ると、次世代の健康と予防医学の方向性が明らかになってくる。予防医学の内容は一次予防としての健康増進(より良い育児の支援、プレネイタルビジット)・生活習慣の改善・予防接種等、二次予防としての家族、保育士や関連分野の協力の下での早期発見(虐待等)と早期対応、三次予防としてのリハビリテーション(病後児保育等も)・再発防止・社会復帰といった段階がある。小児保健における予防医学的対応については、元来小児保健は予防医学の実践そのものであり、子育て支援における予防医学的対応こそが次世代育成の大きな柱ではないかと期待される。

 

講演(3)子どもの予防接種週間について―特に麻疹の予防接種率の向上を目指して―       日本医師会常任理事 柳田喜美子

 1978年に予防接種の定期接種が開始され、副反応を防止する観点から1994年には個別接種主体に移行したが、麻疹の接種率は2000年のデータで81%に過ぎない。麻疹の罹患年齢は1歳(12か月から23か月)が最も多く、国内各地で毎年のように流行を繰り返して2000年の年間患者数は20万余、肺炎が4800人、脳炎が55人、死亡者数は88人と推計されている。CDCには「日本は米国に最も頻繁に麻疹を輸出する国」とまで名指しされて国際問題にまでなっている。今や麻疹問題の解決は感染症関連のさまざまな問題の中でも最優先課題の一つである。

 調査によると、接種率が低い理由として「単に接種の機会を逃しただけ」と言うものが多い。日本医師会は日本小児科医会と連携して保護者を始めとした地域住民の関心を高めて接種率の向上を図るため、200431日からの1週間を予防接種週間と定め、普及、啓発に努めることになった。27日現在で全国6000の医療機関が36日(土)7日(日)に予防接種を実施することになっている。この予防接種週間については、厚労省母子保健課、結核感染症課、医政局指導課等から都道府県担当者に「子ども予防接種週間」の実施についてといった通達がなされ、NHKでも取り上げられるなど、全国的な取り組みとして注目を浴びている。

 麻疹制圧のためには行政とともに地域各種団体と連携協力して積極的に教育活動を行い社会を啓発していくことが必要であり、医師会の役割は大である。国は予防接種実施主体である市町村を援助し、全県的な相互乗り入れと成人麻疹も含めて無料化を実現することが必要となろう。

 

シンポジウム

テーマ「楽しく子育てができる活力とやさしさに満ちた地域社会づくりをめざして」(1)これからの乳幼児保健―健診システムを中心として      千葉県医師会 藤森宗徳氏

 千葉市では、市委託による2回の個別健診(36か月と911か月)に加えて4か月の集団健診を行い、1歳半と3歳健診は集団と個別の併用で行っている。若い住民の多くが全国から集まっており、千葉から離れた実家で出産したり子育てをする機会も多いために、日本医師会等に要望を出して、全国どこの医療機関でも健診を受けられることになっている。すなわち「乳幼児健診の市町村外実施」ということであり、千葉県内を問わず全国どこの医療機関で健診を受けても委託費を支払うもので、平成14年度には700件以上がこのシステムを利用している。

 個別健診については、年2回の委託健診を行っている自治体が多いが、独自に3回もしくは4回の受診を行っている所もある。健診の内容は、視力、聴力、歯科に加えて、3歳児の幼児検尿を行っており、問題のある児については事後指導のシステムなどもでき上がっている。小児科医がいない市町村では、集団健診も残しながら、個別健診も受けられるようになっている。

 

シンポジウム(2)予防接種ガイドライン等の改定とこれからの予防接種の動向  国立療養所三重病院 神谷 齊氏

 予防接種ガイドラインの策定を受けて、急遽タイトルの一部が変更となった。

平成6年の法改正で個別接種を進めることになり保護者と情報交換しながら接種をする「かかりつけ医」の役割が大きいことになった。法律による予防接種は定期接種、任意接種、臨時接種、結核予防法によるものの4つに分けられる。

予防接種ガイドライン改訂の3本柱は・麻疹ワクチンの卵アレルギー児対策の明確化・接種要注意者について小児科学会専門分科会の見解を記載・健康被害と対策について実際のデータに基づいた記載に変更といったところである。また予防接種間違い防止の手引きとして、期限切れワクチンの接種例や過量接種例などを上げて注意を喚起したいとのことである。

 麻疹対策としては、定期接種率の向上(95%)をめざし、標準的接種期間を生後12-15か月として、1歳半、3歳児健診でのもれ者チェックと勧奨、就学時検診における接種歴の確認と未接種者への指導などが強調された。ポリオについては、当面生ワクチンを継続し不活化ワクチンの導入を急ぐとのことであった。現在、複数のメーカーで新しいワクチンの研究、治験中であり市場に出る日も近い。予防接種後副反応の出現率は厚労省の6年半の纏めでは0.003%とのことである。

 

シンポジウム(3)地域における子育て支援―医師会を中心とした活動の実際と提言  群馬県桐生市医師会 藤井 均氏

 人口が11万、年間出生900人の桐生市において昭和58年に日本医師会の委託事業として「学校保健を中心とする地域保健活動」に取り組み、今なお続いている事業は乳幼児健診の充実とその一貫性、連続性であり、就学時健診との連携、さらには学校保健へのつながりである。3歳健診と就学時健診の間を補うものとして4歳児健診を行っており、問題発見後に適切な指導や治療を行えば改善が可能な時期と言う意味で重要な健診であり、保護者からの要望も強い。

 各種健診で問題があり、または疑わしい子どもたちを検討する会議には、小児科医、精神科医、心理判定士、児童相談所職員、言語指導士、保健福祉事務所等の行政担当者、保育所、幼稚園の代表などが加わり、プライバシーにも配慮しながら子どもの幸せのために議論をしている。更に、40年以上前から小児科医、婦人科医、保健師、助産師、看護師、養護教諭等の集まりもあり、年に1回の講演会を継続している。

 

シンポジウム(4)いのちみつめて・瞳輝く子どもたち―役立ち感で自分が好きになっていく  鳥取県立赤碕高等学校 高塚人志氏

 仲間の前で素直になれない高校生、心を開いて打ち解けることを拒もうとする子どもたち。不登校やいじめ、学級崩壊、人間関係がとれないなど、全国の教育現場で抱えている多くの問題の根底には、人間関係体験の未熟さなどから子どもたちが人間関係作りを不得手としていることがその原因の一つではないか。

 今の子どもたちの多くは、自分の存在を他人に認めてもらえる喜びが欠けている。自分の存在が他人のために役立っているという実感が乏しい。そこで、平成8年から「レクリエーション指導事業」と銘打ち、「コミュニケーション・ゲーム」「気づきの体験学習」「園児や高齢者との交流」に取り組んできた。高校3年間で相手と共に自分の人生が豊かになることを学び、社会に出てからも有意義な体験となっている。

 医療関係者とは趣を異にした、受講者の手足を使って笑いを引き出すコミュニケーションの作らせ方は非常に印象的であった。

 

おわりに

 今回の講習会は日本医師会が取り組むようになってから、ちょうど10回目の講習会であり、日本の母子保健・乳幼児保健をリードしていく本講習会の役割は一層大きくなっている。愛媛県では当初から県医師会として乳幼児保健に取り組み、その指導によって県内23の市において園医会を発足させたり出産前小児保健指導事業(プレネイタル・ビジット事業)に取り組むなどして成果を挙げている。

 一方では、いじめ、虐待、非行などの児童・生徒をめぐる問題が連日のようにマスコミを賑わしているものの、その対応には決め手を欠いている。本講習会の講演のトップに教育問題を取り上げ、シンポジウムで高校教諭の生の意見を聴こうとしたのは日本医師会としての問題意識の現れであり、保健医学・予防医学にも医師として取り組む必要性を強調しようとしたのではないかと思われる。県内郡市の乳幼児保健の拡充と共に、教育関連を含む諸機関との連携を密にして、英知を結集することが求められている。